◆楽俊

 私が十二国記にはまった最大のきっかけ。外見良し(鼠、人どちらとも!)、性格良し、おまけに頭も良くてさらにツボ。それも知識や頭の回転の速さだけではなく、責任とか、そういう物事に対する自分の考えをしっかり持っていて、しかもそれをきちんと他人に伝える能力も持ち合わせている。
出来すぎの感もあるけど、でもいいの(笑)。

陽子曰く「お人好し」、祥瓊曰く「とてもいいひと」…なんですが。もちろん単に能天気なわけじゃなく、彼もかなり鬱屈したものを抱えていたと思います。
「(巧にいた頃は)勉強しかすることがなかった」と鳴賢に語った楽俊ですが、巧にいる限り、それは「将来」のための建設的な行動ではあり得なかったはずです。
田圃ももらえず、職にも就けない彼のために、母親は家と土地を手放してまで教育を受けさせてくれたけれど、結局それも活かす道は閉ざされている。それでも、勉強という行為だけが、彼に許された唯一のものだったのではないでしょうか。本当に、「それしかできない」状況で、当時の彼にとって、勉強は「職に就く」ことの代償行為だったのではないかと思うのです。
そして、土地もなく職もなく、勉強に没頭してもそれが将来に結びつくこともない、その理不尽なループの中では、勉強することは、時に苦痛さえも伴うものだったのではないでしょうか。
「勉強」というものが、必ずしも何かの役に立たなければ意味がない、ということはないし(もっともこの世界においては、高等教育は、あくまで官吏になるためのステップですが)、楽俊自身、知的好奇心が旺盛で勉強好きな性質だったとは思います。それでも、ただ好きだから楽しい、と受け入れられる状況ではなかったのではないかと。

半獣であることを悪いとは思っていなくても、一人前の人間として暮らすことができないことへの引け目はあったでしょう。それが自分のせいでなくても、です。
自分の境遇を陽子に語った楽俊の言葉から、一番強く感じられるのは、自分は母親に負担をかけているのだ、という認識です。
母親が「雁の少学へ入れるために」貯めてくれたという金を手にしながら、楽俊が口にしたのは、「職がほしい」という台詞でした。その、切実な響き。この時の彼の中では、職を得ることがなによりの大事だったのです。
とにかく職に就きたい。そうすれば、自分は一人前になれるし、罪悪感からも逃れられる。そういう、前向きとは言い難い思考。彼が、後に祥瓊に語ったように自分を「卑屈だった」と感じたのは、そういう部分なんじゃないかなあ。
けれど、陽子が、王だとか海客だとか半獣だとか、そういう隔てを一切取っ払って、楽俊を友達と言ってくれて。その彼女は、王の重責をその肩に負おうとしている。その横で、彼もまた、自分のあり方を見つめ直し、将来を積極的な意味で考えるようになったのだと思います。
そうなった時、楽俊は初めて、純粋に、勉強がしたいと言えたのではないでしょうか。
もとより「自分はこの辺で一番頭がいい」と冗談めかしてさらりと言える程には、自分の能力に自負のあった彼のこと、できるならそれを最大限に活かせる道へ進みたい、上を目指してみたい、という思いはやっぱり心のどこかにずっとあって、ただこれまでは、その気持ちから目を逸らしていた、もしくは諦めていたところがあったけれど、ここでやっと、その気持ちにもう一度向き合うことができたのではないかと思うのです。
少学をすっ飛ばして、「大学へ行きたい」と言ってしまった辺り、それまで溜まっていたものが爆発した感じが出てますね。

折に触れて楽俊が「陽子のおかげ」と言うのは、雁主従の援助を得られた、とかの表面的なことだけじゃなくて、自分の心の中の問題として、大学へ行きたい、という気持ちを取り戻させてくれたことに対する感謝なのだろうと思います。陽子が、身柄を保護し、偽王討伐に助力してくれた延王・延麒への感謝より、さらに深い感謝の念を、心を救い、また王になる決意を固めさせてくれた楽俊に対して抱いているのと同じように。この二人はお互いに、精神的な深い部分で相手に救われたと思っているんでしょうね。

こういう段階を経たからこそ、楽俊は今の自分の状況――勉強することができる自分、勉強を楽しむことのできる自分を幸せだと、すごく前向きに捉えているのでしょう。「勉強しかすることがなかった」と、辛かったはずのその日々も無駄ではなかったのだと笑って話せるくらいに。 

 

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