『書簡』に登場する、大学生活における楽俊の友人。 ひとまず鳴賢を紹介するには、だいたいこういう肩書きになると思います。 しかし、ただ単純に「友人」と言ってしまうには何か違う――それを強く感じたのは、「自分や蛛枕のような、大学から落伍しそうな連中だけが楽俊の周りに集まっているのだ、という事実にも目を向けざるを得ない」という一節でした。鳴賢は、楽俊を、また自分が楽俊の側にいることを、好意的な目だけでは見ていない、そう思えたのです。
そもそも、かつて彼は19歳という破格の若さで入学した、超がつくほどのエリート候補でした。かなりの自信家で、「鳴賢」の呼び名を献上され、それを揶揄と知りながら――むしろだからこそ、その嫉妬まじりの視線さえ、当時の彼にとっては快感、というくらいの傲慢なところがあったのではないかと想像しているのですが、それだけに挫折を味わったときの反動は相当大きく、何よりも自分自身に強い不信を抱き、周囲に対しても自分に対しても、一歩引いた目で見るようになっていて、楽俊に対しても、肩入れしているようでいて、やはりどこか冷めた目で見ている部分があるように見受けられます。 脱落した連中が楽俊の周りに集まるのは、楽俊が半獣という、自分たちより下に見ることのできる相手だから、ということも理由としてあるのだと思います。楽俊が他のエリート連中を見返してくれる、それに喝采をあげ、溜飲を下げる一方で、それを面白くないと思う感情も彼らの中にはあって、鳴賢はそういうことも冷静に見ている。楽俊や自分の状況を客観的に分析し、自分も「落ちこぼれ」なのだと自覚させられる不安や苛立ち、自分が脱落せずにエリートの側にいたら、彼ら同様、楽俊には見向きもしなかったのではないかという疑念…自分の中にもある楽俊に対する負の感情にも思い当たっているのではないかと思うのです。 ただ、鳴賢自身の場合は、かつての自分と同じように注目されて入学してきた楽俊を、人一倍意識はしていたと思いますが、彼のコンプレックスの重点はそこにあって、半獣のくせに、という意識は薄いように見えます。むしろ対等に見ていて、楽俊の実力を認めれば認めるほど(今後の展開において、楽俊が大学で脱落するということはまずないでしょうし)、なぜ自分は駄目だったんだと悔しくなる。悔しい、というのは一種の精神的起爆剤になり得るものでもあるけれど、鳴賢は過去の挫折で自分の限界を決め付けてしまっている部分があって、自分がもう一度這い上がることを考えるより、楽俊が落ちこぼれてしまえばいい、と思ってしまう。でも、楽俊と親しくなっていくうちに、そういう自分自身を今までのように冷めた目では見ていられなくなって苦しんで。楽俊が、自分を含めた周囲の悪意に気付いているだろうに何も言わないのがまた、鳴賢を追いつめていらつかせたり。そうやって葛藤を経て、鳴賢は楽俊の大親友になっていってくれると、また彼自身も殻を破り、もう一度這い上がっていけると思っているのです。
とはいえ、『書簡』で彼の喋り方を見ると、そんなにキツい感じでもないんですよね。アニメの鳴賢を見たとき、普通っぽい感じは好みではあるけど、鳴賢のイメージとはちょっと違う、クセがなさすぎる!と思いましたが、そんなこともないのかな。でも、図書府の職員に声高に詰め寄るのはやっぱりなんか違う。楽俊がああして差別されるのを、苦々しく思いはするけど、声を荒げてくってかかるより、一言皮肉を言って、楽俊を連れてさっさと出て行きそうなイメージなんですよねえ…。やっぱりもう少し皮肉っぽさとか冷めた感じがほしかったです。
※「赤楽の赤」(楽俊至上主義さま発行)に寄稿した鳴賢語りです
「燕雀〜」はこの語りそのまんまダイジェストにした感じ(笑) |